現地発着
震災から10年の東北を歩く
福島の今を知り、私たちの未来を考える浪江町2日間
- 日本国内
▽▽関連オンラインイベントレポート▽▽
【オープン記念!】交流・情報発信の拠点 福島県『道の駅なみえ』現地中継イベントレポート
▽▽昨年度訪問ツアー▽▽
【新・福島スタディツアー】初回のツアーを開催しました!前編
【新・福島スタディツアー】初回のツアーを開催しました!後編
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特徴
Characteristic
震災から10年のいまを見て、聞いて、感じる
2011年3月11日東日本大震災。
その後、福島第一原子力発電所の事故が起きました。
あれから10年。
当時生まれた子どもは小学4年生に、
16歳だった高校生は26歳の社会人に、
54歳現役だった社会人は定年退職を迎え第二の人生を歩み始めました。
それぞれの10年がありました。
それは「人」だけではありません。
たくさんの人が関わり「町」も変化を続けています。
その変化を積み重ね続けている「町」のいまを見て、聞いて、感じる旅を皆さんと一緒につくっていきます。
福島県の浜通り『浪江町』
訪れるのは人口ゼロからのまちづくりに挑戦中の福島県浪江町です。
福島県浜通りに位置しています。
福島第一原子力の事故により約21000人の全町民が町外へと避難を余儀なくされました。
地震・津波による死者は182名で、震災関連死と認定された方は400名を超えています。
震災から7年目の2017年3月31日に、浪江町の一部の地域が避難指示解除となり、本格的に新たなスタートを切りました。
福島県浜通りに位置しています。
福島第一原子力の事故により約21000人の全町民が町外へと避難を余儀なくされました。
地震・津波による死者は182名で、震災関連死と認定された方は400名を超えています。
震災から7年目の2017年3月31日に、浪江町の一部の地域が避難指示解除となり、本格的に新たなスタートを切りました。
「原発被害の今を知る」ツアーポイント
請戸漁港(イメージ)
■「請戸小学校」とその地区をめぐる
福島県で初めて震災遺構として活用が決まった「請戸小学校」がある請戸地区は、福島第一原子力発電所から約5キロに位置しています。
海沿いにあるこの地域では、津波により多くの命が失われ、加えて原発事故の被害も受けました。
当時、何が起きたのか。ここに暮らしていた住民はこの場所からどのように逃げたのか。
家屋の取り壊しや道路の整備が進み、暮らしがあったことの跡さえなくなりつつあるいまだからこそ、この場所を歩き、しっかりと向き合っていきます。
■「帰還困難区域」の現実を知る
立入制限がされている「帰還困難区域」。
「ここからは入ることができる、ここからは入ることができない」
その線引きはどこにあるのか。道沿いに並べられたバリケードなのか。
「家があるけど中に入ることができない」という状況この10年の間で変化しました。
家屋の解体が進み、地域に自分の家がなくなったという方もいます。
いつかは帰ることができるかもしれないと思っていた方たちの思いは…。
いまだに続く課題がそこにはあります。
■東日本大震災・原子力災害伝承館への訪問
2020年9月20日にオープンした双葉町にある東日本大震災・原子力災害伝承館へ訪問します。
「防災・減災」「未来への継承・世界との共有」「復興の加速化への寄与」
この3つの理念を掲げ、これまでの道のりを収集、保存、展示しています。
福島県で初めて震災遺構として活用が決まった「請戸小学校」がある請戸地区は、福島第一原子力発電所から約5キロに位置しています。
海沿いにあるこの地域では、津波により多くの命が失われ、加えて原発事故の被害も受けました。
当時、何が起きたのか。ここに暮らしていた住民はこの場所からどのように逃げたのか。
家屋の取り壊しや道路の整備が進み、暮らしがあったことの跡さえなくなりつつあるいまだからこそ、この場所を歩き、しっかりと向き合っていきます。
■「帰還困難区域」の現実を知る
立入制限がされている「帰還困難区域」。
「ここからは入ることができる、ここからは入ることができない」
その線引きはどこにあるのか。道沿いに並べられたバリケードなのか。
「家があるけど中に入ることができない」という状況この10年の間で変化しました。
家屋の解体が進み、地域に自分の家がなくなったという方もいます。
いつかは帰ることができるかもしれないと思っていた方たちの思いは…。
いまだに続く課題がそこにはあります。
■東日本大震災・原子力災害伝承館への訪問
2020年9月20日にオープンした双葉町にある東日本大震災・原子力災害伝承館へ訪問します。
「防災・減災」「未来への継承・世界との共有」「復興の加速化への寄与」
この3つの理念を掲げ、これまでの道のりを収集、保存、展示しています。
「人に出会い、未来を考える」ツアーポイント
■『道の駅なみえ』ではたらくひとにお話を聞く&ショッピング!
住民とともに6年をかけて完成した2020年8月にオープンした『道の駅なみえ』。
「五感と成長」を掲げた地域の情報・発信拠点という役割を担っています。
そこではたらくスタッフの皆さんにもお話をお伺いします。
■農地整備のお手伝い!
浪江町で新しく始まった「農業」。
どうして浪江町で新しく農業を始めたのか、これからどうしていきたいのかなどお話をお伺いしながら、農地整備の簡単なお手伝いをします!
■未来を一緒に考えるワークショップ
このツアーの醍醐味は、参加者で一緒に考えるワークショップ!
ツアーで訪れた場所や人とかかわったものに対して自分は何を感じたのか。
そして何を学び、どう活かしていきたいのか。
じっくりと振り返り、それをみんなで共有し、自分の未来について一緒に考えていきます。
住民とともに6年をかけて完成した2020年8月にオープンした『道の駅なみえ』。
「五感と成長」を掲げた地域の情報・発信拠点という役割を担っています。
そこではたらくスタッフの皆さんにもお話をお伺いします。
新鮮な野菜や海産物、オリジナル商品の販売やご当地グルメ「なみえ焼そば」をサンドしたパンも。
「食」でも浪江を堪能しましょう♪
また今後は、酒蔵や陶芸体験ができるスペースが併設されていくなど、見逃せない最新スポットです!「食」でも浪江を堪能しましょう♪
■農地整備のお手伝い!
浪江町で新しく始まった「農業」。
どうして浪江町で新しく農業を始めたのか、これからどうしていきたいのかなどお話をお伺いしながら、農地整備の簡単なお手伝いをします!
■未来を一緒に考えるワークショップ
このツアーの醍醐味は、参加者で一緒に考えるワークショップ!
ツアーで訪れた場所や人とかかわったものに対して自分は何を感じたのか。
そして何を学び、どう活かしていきたいのか。
じっくりと振り返り、それをみんなで共有し、自分の未来について一緒に考えていきます。
道の駅なみえ(イメージ)
なみべじ(イメージ)
未来を一緒に考えるワークショップ(イメージ)
案内は「まちづくりなみえ」のみなさん
まちづくりをしている一般社団法人まちづくりなみえの皆さんに案内をしていただきます!
中心となり活動をしているのは菅野(かんの)さん!
1969年、川俣町生まれ。 建設コンサルタント、進学準備教育企業を経て、2012年にNPO法人ETIC.の「右腕プログラム」 浪江町復興支援コーディネーターに応募し採用さました。
派遣後は、町民の広域分散避難の中での津波被災地復興および 中心市街地のまちづくり計画作成・調整支援、住民との合意形成支援などを担当。
2015年4月~9月まで他町村の支援のために一旦ふくしま市町村支援機構へ転職するも、 10月からは浪江町に戻り、町全体の復興事業のハード・ソフトの進行管理支援を行い、 役場内の横断調整や課題解決支援なども行ってきました。
現在は、2018年1月に設立した一般社団法人まちづくりなみえ事務局次長としてこれからのまちづくりに挑戦しています。
浪江町は常に変化を続けています。
「いま」だからこそ、「いま」でしか見えない景色があり、出会えない人がたくさんいます。
ぜひ一緒に旅をつくりましょう!
中心となり活動をしているのは菅野(かんの)さん!
1969年、川俣町生まれ。 建設コンサルタント、進学準備教育企業を経て、2012年にNPO法人ETIC.の「右腕プログラム」 浪江町復興支援コーディネーターに応募し採用さました。
派遣後は、町民の広域分散避難の中での津波被災地復興および 中心市街地のまちづくり計画作成・調整支援、住民との合意形成支援などを担当。
2015年4月~9月まで他町村の支援のために一旦ふくしま市町村支援機構へ転職するも、 10月からは浪江町に戻り、町全体の復興事業のハード・ソフトの進行管理支援を行い、 役場内の横断調整や課題解決支援なども行ってきました。
現在は、2018年1月に設立した一般社団法人まちづくりなみえ事務局次長としてこれからのまちづくりに挑戦しています。
浪江町は常に変化を続けています。
「いま」だからこそ、「いま」でしか見えない景色があり、出会えない人がたくさんいます。
ぜひ一緒に旅をつくりましょう!
- 社会人
- 学生
募集終了しました。
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【営業時間】
月~土
電話 10:00 - 18:00
来店 11:00 - 18:00 (※最終受付 17:00)
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日・祝
総合旅行業務管理者:大野 友輔